2014年5月31日土曜日

多和田葉子『エクソフォニー 母語の外へ出る旅』

本を読んでいる途中で次から次へと自分の中から思い出や思考が立ち現れてきて、読みながら同時に進行する、という本に時々出会います。

多和田葉子『エクソフォニー 母語の外へ出る旅』は面白い読書体験になりました。著者の旅先での具体的なエピソードから連なる多言語文化への洞察に影響されて、自分の中の経験としての言語文化的な境界が立ち現れ、解けていきます。言語文化の境界は国や民族ではなく、個々それぞれの中にあるもの、ということを深く意識します。言語というとかしこまって向き合ってしまいがちですが、ドイツ語と日本語で長い間創作してきた著者のことばは、日本語への意識も呼び起こさせてくれます。

単行本は10年前に出された本ですが、よい一日を、とぬけぬけと言う人に会うようになった、と辛くも書かれているのにいたく同感しました。私自身、旅を楽しんでね、などと挨拶として軽く言われる際にうろたえることが多く(もちろん日本人同士の日本語で)、そのうろたえる気持ちの扱いに困っていたのですが、ああ同じように感じている方はいるのだ、と少し安心しました。