2012年5月26日土曜日

『記憶に残っていること 新潮クレスト・ブックス 短編小説ベスト・コレクション』

たしかバルザックの『谷間の百合』を取り上げた、学生時代のフランス文学の講義中に、主人公の夫人が湖の水面に手をひたす、の場面で先生が感極まって言葉を失う、ということがありました。
その時はただただ、大学の先生というのは変わった人がいるもんだなと思ったのですが、翻訳文学はキライ、訳がどうの、という人にその後会うたびに思い出す出来事です。
研究者としてフランスの近代小説に生涯をかけてしまう、そしてその感激も日々あたらしい、そんな人もいる。

「翻訳モノ」は日本語で読む日本の読者たちに長い間影響を与え続けてきた、その労をとってきた人たちがたくさんいた、と思います。

新潮クレスト・ブックスは、”海外の小説、ノンフィクションから、もっとも豊かな収穫を紹介するシリーズです。”(カバー裏の辞)
その創刊10周年で編まれた本が堀江敏幸編『記憶に残っていること 新潮クレスト・ブックス 短編小説 ベスト・コレクション』(新潮社 2008年)。




個人的にはこの本のおかげでアリステア・マクラウドを知りました。
いちどその世界が気に入ると同じ作家の作品を片端から読んでいくので、新しい作家の作品になかなか手が出ないのですが、この本を通じて新たな世界を知ることができました。

2012年5月17日木曜日

旅について考えること

何人かの初対面の人たちに会ったときに、旅が好きだという話をしたら、旅はあなたにとってどんな意味がありますか、と聞かれました。
初対面の人ばかり、ということもあり、答えに窮してしまいましたが、その場がしんとするのもおかまいなしにしばし考え込み、・・・いろんな生き方の人に会えることでしょうか、という言葉がやはり口から出て、とまどうような失笑をかったような気がしてもっと軽く答えればよかったと後悔するのでした。

旅は非日常を味わえる、という表現にいつも立ち止まってしまいます。非日常?
ふらふら歩きながらその土地の自然や人の暮らしに入り込んで、世界を見ながらも気持ちが内面に深く沈みこんでいく、というのはイギリス人のトラベル・ライターであるブルース・チャトウインの作品を読んでいても共感するところで、そういう意味では、旅は非日常であると思います。

御蔵島




















未踏の地のような名前もないアラスカの大地を、はるか昔に歩いていた人たちがいた。文字を持たず、記録を残さず、形を残さず、口承の物語を受け継いできた、そういうことにここ数年ひかれてきました。すぐれた芸術としてのトーテム・ポールでさえ、いつの日か倒れて海や森に還っていくことを織り込んで立てられている。

身軽になって彼らの旅に私も連なりたい、というのが究極の旅の目的、願うところだと思います。







2012年5月12日土曜日

水村美苗『本格小説』

水村美苗『本格小説』(新潮社)が世に出てから10年が経ちました。

いわゆる古典文学と呼ばれる作品の価値は、あらすじをすでに知っているようでいて、読み返すたびに、深い印象を次々と与えてくれるものであり、自らの成長とともに感じ方も変わるという意味で、逆に何も印象がなければそれだけ自らの成長も何もなかったということをつきつけられるものだ、といったことを先ごろ亡くなった吉本隆明さんが書かれていたことをいつも思い出します。

『本格小説』はまだ古典のジャンルには入らないかもしれませんが、日本のどこかでそっと読み返され、いつも新たなため息とともに読み終える、ということを繰り返していく作品だと思います。

戦後から現代までを舞台にした、太郎ちゃんとよう子ちゃんの物語。

太郎ちゃんとよう子ちゃんは主人公であり、読み手もすっと2人の心情に溶け込める一方で、物語の語り部であり第三の主人公である「フミ子お姉さん」の内面に読者は踏み込めそうで踏み込めない、そこがこの作品の力だと思いました。

2012年5月4日金曜日

熊棚(月山・山形)

2012年 4月 月山


















初めてクマを見たのは、群馬の奥利根にある湯野小屋温泉近くです。
車道を歩いていたのですが、前方で山側から沢へ道路を渡る、大きな黒いものが見えました。見たものがクマであるという認識につながるまで少々時間がかかるのが不思議です・・・あ?クマ!

あの巨体をドングリ類で維持するのは、これは相当大変だろうとしみじみ思いました。

先日4月中旬、まだまだ雪深い月山山麓でスノーシュートレッキングをしたときに、ブナの木に残る熊棚をいくつか見ることができました。
・・・ブナの木に登って、ブナの実がついている枝をすごい力でバキバキ折ってるんですよ・・・
・・・器用にあまかみして、殻から中身を食べてるようなんですね・・・(一緒に歩いた地元の人の話)









































今年もたくさんのブナの実がなりますように(人間にとっても、もちろんたいへんおいしいナッツです)。